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「シベリア抑留関係展示会」を観て。 

(*この記事は、以前楽天ブログでやっていた時の過去記事をキャッシュで復元させたものです)

 名古屋市民ギャラリー矢田で開催されていた「シベリア抑留関係展示会」(独立行政法人平和記念事業特別基金主催)を観てきました。

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 コンセプトとしては、”独立行政法人”が主催のせいか、

 「労苦を語り継ぎ、平和の尊さを考え、世界の平和に貢献していく」

 ための展示会だと冒頭に但し書きがあり、その後展示が続きます。

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 ↑左から「歩かされる日本人捕虜と、その横を勝ち誇って戦車で通り過ぎるソ連兵」
 「行進について行けず行き倒れた日本人の死体の山と、弔うことすら許されず歩かされる日本人捕虜」
 「歩けども歩けども行き先も見えぬツンドラの平原を歩かされる」
  
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 ↑(別の絵より解説)

 「栄養失調と過労で朝目覚めると隣の友は冷たい。」
 
 ノルマによる食料は1食30g程のパンとジュース缶に八分目の雑炊で、それも数粒の穀物が底に沈んでいるだけ。分配は秤で量る。薄暗い収容所では量って並べたものを毛布を被り掠めて行く者も居る。毛布一枚でくるんで寝るが朝起きると隣の友は冷たい。

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 ↑配給の黒パンを切って分けている絵。飢えの余り、量りで平等にしてるつもりでも疑心暗鬼でくじ引きで決めるほどだったとか。

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 ↑手前の絵は、「幻覚」。飢えの余り、幻覚に捕らわれ、空の缶をカラカラとしゃもじで掻き回していた人。だんだん音が弱くなり、その音がしなくなった時には、絶命していたという実話に基づいたもの。

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 ↑「敵機に発見され戦車隊の攻撃を受け、自決する将兵、又弾に当たりに行く者。」

(解説)8月25日に遂に捜索機が発見、重戦車と自動小銃隊が無抵抗の我々を襲う。谷川の悲惨な姿が瞼にあり、手榴弾で自決する者、弾に当りに行く兵士、馬の悲鳴などその有様は正に生き地獄であった。8月15日戦争終結で、何故今攻撃されたか。



 ・・・たくさんの収容所に関する絵と解説、当時の資料に言葉を失います。

 戦時中ではなく、戦争が終わったあとに、いきなり強制連行され、劣悪な抑留状態の中、長い人は昭和31年まで(!)帰国できず、強制労働に従事され続けたたくさんの日本人。

 そして、未だに補償が全く行われていないという事実。

 大変な問題なのに、詳しく知っている日本人はどれだけいるんだろう?

 
 ・・・しかし、これを以って、「労苦を語り継ぎ、平和の尊さを考え、世界の平和に貢献していく」だけでいいの?と疑問に思っていると、最後のコーナーに主張が見られ救いが。


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 同じように「強制連行」という言葉を使っていても、何かと大きな声で叫び続ける人たちと違って、同じように「補償」を求めていても、あからさまな「ソ連憎し」を主張しなかったり、日本人のそれが違うのは、民族性の違いなのかと思ったりも・・・。

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 (「身分の訂正」というのが何を指すのかは、よくわからなかったのですが)


 遺骨収集作業も行っているようです。

 冷たい異国の地で、日本に帰ることを望みながら死んでいった人のことを思うと、さすがにこの写真の前では涙が溢れました。

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 最初、この展示会の案内看板を見た時は、サヨク系にありがちな「戦争は悲惨。戦争は駄目。平和憲法を守りましょう!」という結論の展示会だったら・・・と杞憂してました。

 
 しかし、展示スペースの最後、出口に1枚かかっていた全国強制抑留者協会代表のメッセージは、全く別のモノでした。

 長文で、カメラに収めきれず、時間もなくて写して来れなかったのが残念なのですが、

 ”この展示を見た若い人よ!”

 と呼びかける文は、戦争が終わって、やっと日本に帰れると思っていたら、ソ連に連行された非道さ、たくさんの無念を淡々と語る文章と共に、最後、

 ”自分の国を自分で守る時期に来てるのではないでしょうか?”

 という問いかけで終わります。(記憶不鮮明で文章は正確でないです。)


 常々思っていることですが、例えば無防備宣言(無条件降伏すれば征服されるだけで自分は平和に暮らせると思ってる)の人たちは、このように先の大戦で戦後にも関わらず連行され、何年も帰れず、異国で死んで行った人たちのことを考えてみて欲しいと思うのです。

 他国がみな善良で、国際法に則った紳士的振る舞いをしてくれるなんて能天気もいいところだと。

 戦争は悲惨です。

 そして、負けるということは、本当に悲惨です。

 でも、戦わずに負けることは、もっと悲惨だと思います。


 この展示会を見て、平和が大切なのは当たり前として、その平和を守る気持ちを自覚することが大切なのだと改めて思うと共に、亡くなった方々の安らかな眠りと、問題の解決が速やかに実現することを祈りつつ、会場を後にしました。



(追記 H27/7/7)

 会長にお手紙を差し上げましたらお返事をいただき、以下の文章についてのご説明をいただきました。

>(「身分の訂正」というのが何を指すのかは、よくわからなかったのですが)

「私たちは戦争中に捕まったのではなく、停戦し武装解除された上での身ですから”捕虜”ではなく”抑留者”であるという主張です。ソ連は今でも私たちを”捕虜”と称しています。」

 とのことでした。
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