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「楠公回天祭」に参加する。 

(*この記事は、以前楽天ブログでやっていた時の過去記事をキャッシュで復元させたものです)

 今日は、岐阜県下呂市にて開催された「第47回 楠公回天祭」に参加してきました。

 私の中では、”下呂”というと遠い所・泊まりで行くところというイメージがあったので、なかなか参加する機会がないままだったのですが、今回乗せて行って下さる方がみえたので、お言葉に甘えて同行させていただきました。

 でも、中央道の中津川ICで降りてからは一本道で、車中ワイワイおしゃべりしていたらあっという間についたので、下呂って意外と近いのかも知れないなあと思い直しました。^^;


 回天戦没者を合祀する楠公社は、下呂の温泉街のすぐ傍、下呂温泉合掌村を通り過ぎた山頂にあります。

 慰霊祭は、およそ90名程が参加され、神式での慰霊が執り行われました。

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 来賓の方で印象的だったのが、山田良司衆議院議員。

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 下呂市長を勤めた後、国会議員になられた方のようですが、通り一遍の挨拶ではなく、真剣に国を憂う気持ちが伝わって来ました。

 特に印象的だったフレーズが、

 「日本は戦後、欧米の真似をして発展してきた。文化も欧米化した。でも、他所の一流を真似ても、日本は亜流に過ぎない。亜流は所詮本物には勝てない。

 外国人が日本で亜流の文化を見たところで、尊敬してくれるわけもない。

 私は国際化とはなんだろう?と思う。

 国際化とは、とことんまで日本独自の文化を追及して日本であることだと思う。・・・」

 というところでした。


 ”この人いいこと言うなあ。どこの党なんだろう?きっと自民党に違いないね。”

 と仲間と話して帰って調べたら・・・、民主党議員なんですね、びっくり。Σ(″ー゛;)

 時流に乗って、勝算で選んだのかわかりませんが、とにかく民主党所属とはいえ、しっかりした方でした。ハイ。


 しかし、この方もそうですが、慰霊祭には、地元下呂市の市長はじめ、商工会議所、地元奉賛会と、しっかり地元の方々が支えて下さっていて、有難かったです。

 
 三ヶ根山の殉国七士の慰霊祭でも地元幡豆町の方々が支えて下さっていたけれど、慰霊というどちらかといえば地味な、ひっそりと行われている行事ですが、地元の方々の志があるからこそ続いているのだと改めて思いましたし、素晴らしいことだと思いました。

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 式典が終わったあとは、隣のお寺の大広間で勉強会がありました。

 講師は皇學館大学非常勤講師の三輪尚信氏で「黒木少佐の学問と教養」というテーマでした。

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 内容ですが・・・、まず基本的知識がない私にとっては、少々(いやかなり)難しく、他の方がまとめたらそれを紹介したいと思います。

 何となく伝えたいことは受け止めたつもりなんですが、語るには能力が足らないのを痛感したので。^^;


 約1時間の講演のあとは直会がありました。


 その際に挨拶された平泉隆房金沢工業大学教授。平泉澄氏のお孫さんだそうです。

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 直会の時には、他の色々な方も挨拶されたのですが、若い女性で、山口(?)からひとりで来た方がいてびっくりしました。

 聞けば、北海道や東京からも単身で参加された女性がいらっしゃったそうで・・・、すごい行動力ですね。

 挨拶された方は、小さなお子さんがいらっしゃって、子育てをしているからこそ、この子の未来の日本はどうなるのだろう?という気持ちで日々過ごしている話をされ、非常に共感しました。

 主催の方のお話では、今年は若い人、特に女性が多く参加されて嬉しかったとのこと。

 ”若いって何歳までかなあ?私も入れてくれてるかなあ?w”と内心思いましたw


 また、遺族代表で、黒木少佐の妹さんがお話されたのですが、お兄さんに優しく遊んでもらった(妹さんは当時8歳だったそうです)想い出を涙ぐみながらお話され、

 「こうして皆さんに慰霊祭に来ていただいて本当に有難いです。来年も是非お参りくださいね」

 と言われるのを聞いて、もらい泣きしそうになりました。

 妹さんも今年84歳になられたそうですが、非常に品があって、しっかりお話される方でした。


 散会のあとは、一緒に愛知から行った仲間10名で下呂温泉街の中にある黒木少佐のお墓へ。 

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 24歳で亡くなられているんですよね。

 しかし、講演で黒木少佐が書かれた漢文のプリントをいただきましたが、非常に達筆で、今の24歳とは比べ物にならないなあと改めて思いました。

 黒木少佐の絶筆は、

一九−九−七、〇四〇五絶筆、樋口大尉ノ最後従容トシテ見事ナリ、我又彼ト同ジクセン
〇四四五、君ガ代斉唱 神州ノ尊、神州ノ美、我今疑ワズ、莞爾トシテユク、萬歳

 という文章ですが、この死を目前にしての

>神州ノ尊、神州ノ美、我今疑ワズ、莞爾トシテユク、萬歳 

 という堂々とした在り方は、平泉氏に学び、高杉晋作の

>後れても また後れても 君たちに 誓ひしことを 我忘れめや

 の影響を受けていると講師の方が言われていました。


 黒木少佐のことについては、裏たまねぎやさんがわかりやすく紹介されているので、ご存知ない方はお読みください。↓

黒木博司海軍少佐



(参考)

大津島をわたる風



                   +++++

 でも、振り返ってみると、下呂行ったのは15年ぶりくらいで、当時はお金がなかったから下道でずっと行ったから遠く感じたんだと思います。

 おぼろげな想い出では、寂れた、なにもない温泉街ってイメージだったけど、今日行ってみたら、観光施設は整備されてたし、小奇麗な街で、栃の実煎餅の実演販売所とか、朝市とか、温泉も、寄りたかったなあと残念無念。

 まあ、高速使えば日帰りも十分可能ということが今回わかったので、今度は観光で是非行ってみたいですw

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