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春季祖霊祭に参加する。 

 今日は、お世話になっている山陰神道の春季祖霊祭があったので、出かけてきました。

 世間では”春分の日”ということで祝日、しかも三連休だから、行楽でお出かけの方も多いと思いますが、本来は皇居で皇祖のみたまをお祭する慰霊祭を天皇陛下が行われている日で、それに習って、日本各地多くの神社でも先祖をお祭する行事が執り行われているのだそうです。


 連休による渋滞にハマって、少々遅刻して着くと、久しぶりに先輩のMさんと駐車場でバッタリでビックリw


 境内に作られた祭壇の前で祝詞奏上。

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 事前に申し込まれた人の1名1名の供養したい方々のお名前を手分けして読んでます。

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 供養の祝詞を数種類奏上したあと、申込書やお札を燃やす祭壇に入れる。

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 祭主による陰陽師そのものの呪文とか印の結びとかがあって気を入れた後、祭壇に掲げられていた火から火をもらってくべて燃やす。

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 参列者含め「大祓の詞」を奏上、各自に配られた木の棒に各自の穢れを移して火にくべて終了。

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 昨日の雨と打って変わって晴れたのは良かったけど、風が強くてテントが飛びそうになるし、寒いし大変でした。^^;

 神職さんはもっと大変だったと思いますが。


 途中、映画の陰陽師みたいに、神職さんが呪文唱えたらお宮の上空だけ風が止むとかないのかなー、と密かに期待したけど、それはなかったですw


 でも、参列者がいつもすごく少なくて、ある意味びっくりします。

 年会費も普通(?)だし、慰霊祭の申し込み費用も安いし、祈祷頼んでも普通だし・・・、全然上納金とか言われないし、丁寧に接してくれるし、勧誘しろなんて言われないし、言われるのは家で自分でも祝詞を奏上しなさいってことだけで・・・、なんでこんなに人が居ないのに、維持出来てるんだろう???と。

 申込書は手分けしても長い時間読むくらいなので全国から相当数集まってるから、単に三河まで来れる人が少ないだけなのかな?

 何しろ、会員同士の横の連携とか組織みたいなのもないので、新参者からしたら何回行っても誰が誰なのかもわからないのが面白いです。

 ある意味純粋にお宮さんと会員が1対1で繋がってて、会員も真摯に祝詞を奏上して身を清め、律することで修行になって完結するという、理想的な”宗教”だなあと思います。

 
 私自身は結構宗教には身構えるところがあって、”先祖供養”なんて言葉も胡散臭い、関わったら面倒なことになりそう&お金をたくさん取られそう・・・というマイナスのイメージが多かったけど、今は、自分だって死んだら”先祖”、親だって死んだら”先祖”なんだよなあと、ストンと来て、実際やってても活動を強制されることもないし、お金を寄付させられるようなこともないので、そう身構えて「ヤバイことになりそうだ」レベルの拒否感はなくなりました。


 祝詞もサボることもあるけど、うまく言えると気分がいいし、穢れが祓われる気がしますし、神棚があるとこの家は神様に守られているという安心感も持てます。


 本当は、祝詞も神職さんたちのように奏上できるように、発声法の練習会とかあればいいのになあと思うこともあるけど、さっぱりしてるのがいいところでもあるから、仕方ないのかなあ。

 でも、大祓の詞は、太鼓がつくとすごく迫力あるし、格好いいので、太鼓のテープだけでも作ってくれるといいんだけど・・・。


 まあ、そんなこんなで、何が言いたいのかよくわからないレポになりましたが・・・、心酔して周りを犠牲にするような宗教は毒だと今でも思うけど、自分が今在るのは先祖の積み重ねの”結果”なので、その存在に想いを馳せて感謝することは、今の自分を刹那に生きないためにも大切なことだと今は思います。

 それをどの宗教でやるかはその人の自由だし、合ったものに出会えるのが一番ですが。


 年取ったせいかも知れないけど、外面の物質的豊かさや快楽よりも、内面の知識や見識を深めることで満たしたいなあと思うこの頃です。

 2ちゃんねるも、転載禁止になって、ニュースウォッチも出来なくなったけど、私にとってはタイミングよかったかなと思ってます。

 数少ない、ここを覗いて下さってた方には申し訳ないですが。

 ではでは、全くまとまりませんが、また書きたいことが出来たら書きますね~。


 みなさんも春彼岸、せっかくの機会なので、お墓参り行ったり、先祖を思い出す機会にしてくださいね。

 
 

 

護国神社の献灯祭に行きました。 

 今日は、愛知県護国神社の献灯祭に参加して来ました。

 ちょっとバタバタやることが山積みで、開始時間の6時に間に合わず、着いたら7時で点灯も済み、帰り始めている方々もいたのですが、

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 参道でちょうどお帰りになる藤沢ただまさ名古屋市議とバッタリ会ってびっくり。

 久しぶりにきちんとご挨拶出来てよかったです。

 市長選は残念でしたが、本当に素晴らしい方なので再起を期して活躍していただきたいと改めて思いました。


 本殿のほうへ向かうと、雅楽が流れてて、巫女の舞が奉納されているところでした。 

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 なんか所々覚束ない所作が見られて、あれ?と思いながら観ていたら、地元の小学生に寄る舞と知って合点。

 でも、浦安の舞、結構長い時間のものなのに、きちんと覚えてて感心しました。

 親御さんもきっと喜ばしく、誇らしく見守っていたことでしょうね。

 子供の舞を見たのは初めてでしたが、こういう機会を通して日本の文化が伝承されていくと思うと、よい試みだし、長く続いてほしいと思いました。



 そしてここでも、去年も会ったT氏とバッタリでまたビックリ。

 それなりに人がいるのに、探すまでもなく縁がある方に再会出来るなんて、見えない何かで引き寄せられてるのかなあと不思議に思いました。


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 闇の中に浮かぶ数々の灯り、いつもながら幻想的で心に染みます。

 このひとつひとつに一人ひとりの祈りと思いが込められています。


 
 来年も是非参加したいと思いました。

 誰でも参加できる行事ですので、是非お近くの方は来年、訪れてみてくださいね。




(参考過去レポ ■愛知県護国神社の「献灯祭」に行きました。
 

夏の祖霊祭に参加しました。 

 今日は、お世話になっている幸田町にある貴嶺宮で、夏の祖霊祭が開催されたので参加してきました。

 先日の夏の大祓祭では、神官が6名で執り行われてて、

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 それはそれで茅の輪潜ったりして興味深かったけど、今回の祖霊祭も初参加だったので興味津々で出かけました。


 祖霊祭は、4名の神官で行われましたが、基本的な流れとかは節分祭や大祓祭と同じなのは、今回出てみて初めてわかりました。

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 でも、祖霊祭は祖霊祭だけあって、祝詞も供養の祝詞が主で、参加者の穢れを払って禊をして、祖先の霊を清らかに安らかになるようお祈りするお祭でした。

 節分祭と大祓祭では、大祓の詞をみなで捧げるのですが、今回は他にも供養文など読み上げる祝詞が多くて、このところ家でのお行も頑張ってるので、本も持っていったけど、暗記しててよかったwです。

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 一番の発見だったのが、事前に供養していただきたい人はお願いの申込をするのですが、その申込書を1枚1枚神官の方が手分けして読み上げていたこと。

 今までは申し込みするばかりで、現地でのお祭には参加していなかったので、どんな風なのか想像もしてなかったけど、こんなにきちんと神様の前で読み上げて執り行っていただけてることがわかって、安心しました。

 でも、4人で読み上げても相当の数があったので、すごく時間がかかって、正直、全部終わるのを待つのがかなり大変でしたが^^;


 クライマックスは浄焔の儀。

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 個人的にはこれが一番好きな場面です。

 祭主である神官が陰陽師の安部清明のように呪文を唱えながら手で複雑な文字を書き、最後に気合を入れるのですが、これが凛としてて超カッコイイんです。

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 炎がついたあとは、参加者にも配られた護摩木に、各自身体中の穢れを移したあと、炎にくべて終了でした。



 一緒に参加した友達は、「あそこのお祭に参加するとすごく気持ちがスッキリする」と言ってましたが、私は鈍感なのか、気分や体調の変化とかは感じないです。


 でも、神官の方々がみな真面目に取り組んでらっしゃるのがわかるし、ここできちんとお祭をやっていただいて、自分でも先祖供養のお行をきちんとやれば、やることやってるんだから、あとの様々な結果は神のみぞ知るというか、運命と受け入れて生きていくだけなんだなあという境地にはなっています。


 ここに来るまでは非常に時間もかかったし葛藤もあったけど。^^;


 ちょっと前まで、先祖供養とかお墓とか言われても、「・・・。」とピンと来なかったし、興味も持てなかったけど、こんな私が先日仏壇まで申し込んじゃったりして・・・。

 これも年のなせる変化なのか、ご縁の賜物なのか・・・。


 まあ、今生きている自分がいるのは、先祖あってのことだし、どう死ぬかって命題もちらついてくると、色々考えますね。


 なんにせよ、驕れるもの久しからず、で今在ることに感謝して生きたいと思うこの頃です。

 
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